無関係だからこそ、吐き出せることがある

最近見たドラマで、なるほどと思った話があった。

ある夫婦と、ご近所の夫婦の話で、片方の妻ともう片方の夫が、月に一度、なんでもないおしゃべりをするという場面があった。後ろめたいことをしているわけではなく、ただ話をしているだけ。

その中で描かれていたのは、大好きで大切な家族だからこそ、かえって言えないことがある、という感覚だった。それを言ったら嫌われるかもしれない、嫌な思いをさせるかもしれない。だからこそ、直接は関係のない相手に、その気持ちを話す。そうすることで、かえって家族との時間を大切にできる、という話だった。

こういう構造は、見方によっては良く思われないかもしれない。それでも、この感覚自体は、正直よくわかる気がした。

無関係だから、素のままでいられる

自分にとって、それに近い役割を果たしているのが、このブログを書くことなんだと思う。

これまでも書いてきたけれど、自分と関わりのない人に向けてなら、変に取り繕わずに、わりと素直な気持ちを言葉にできる。身近な人には、気を遣ったり、心配をかけたくなかったりして、なかなか話せないことも、ここでなら書ける。

そうやって、頭の中にあるものを一度外に出しておくことで、かえって家族との時間を大事にできている気がする。これは何も、家族との時間を疎かにしていい理由にはならないけれど、自分の中の気持ちを整理する場所が別にあることで、日常の中でうまくバランスが取れているのかもしれない。

この感情や行動を、どう言葉にすればちょうどいいのか、まだよくわからない。ただ、無関係な相手だからこそ吐き出せるものがある、という感覚は、自分の中で確かにあると感じている。

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