「もっと頑張れ」の裏にあったもの

正直に書くと、自分の子どもが試合で活躍している姿を見たい、という気持ちがすごく強い。活躍できなかったときに、「なんでできないんだ」「努力が足りないんじゃないか」「もっと危機感を持ってやらないと」と、我慢できずに言ってしまうこともある。

もちろん、目標を決めて頑張ることや、しんどいことから逃げない姿勢を伝えることは、必要なことだと思っている。でも、冷静に振り返ってみると、あれは本当に子どものために言っていたんだろうか、とわからなくなった。

活躍している子どもを見て、自分が優越感に浸りたいだけなんじゃないか。そう思うようになった。

時間を共有しすぎると、つい言ってしまう

振り返って気づいたことがある。自分が子どもと時間を共有しすぎると、「こんなに一緒にやってるのに、もっと頑張れよ」「もっとできるだろ」と、つい思ってしまう。一緒にいる分、色々なことが気になって、過保護になってしまう面もある。

ある程度、時間を共有することは大事だと思う。でも、それを超えた部分は、子どもに任せたほうが、子ども自身の成長につながる気がしてきた。

そろそろ、ある程度は任せてもいいのかもしれない。任せて、子どもが困ったときにフォローしてあげられる関係性が、一番いいのかもしれない。

聞き方を変えてみようと思う

「いってらっしゃい」「おかえり」

これからは、「今日はどうだった?」「ベンチにいるとき、何を意識した?」というように、結果や活躍だけじゃない部分も聞いてあげようと思う。

元気に、好きな野球ができているだけで、本当は十分なんだと思う。野球を通して色々な人に出会い、色々な感情を経験して、色々なことを学んでくれたら、それ以上、何も言うことはない。

まだ完全にそう思い切れているわけじゃないけれど、そう思えるように、少しずつ関わり方を変えていきたい。

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