わからないまま、飛び込んでみた

今日は通勤の途中、いつものカフェではなく、違うカフェに入ってみた。モーニングセットの案内につられたのがきっかけだった。

でも、内容がよくわからなかった。いつもなら、わからないものは避けて、行き慣れた店を選んでしまう。今日は珍しく、わからないまま思い切って入ってみた。

いざ注文しようとすると、店員さんがその場で簡単に説明してくれて、特に問題なく頼むことができた。

名称の違いに、あわてそうになった話

そういえば少し前にも、似たようなことがあった。ホットコーヒーを頼もうと思ったのに、店によってブレンドとかドリップとか、呼び方が違う。メニュー表の中からそれらしいものを探すのに、少しあわてそうになったことがあった。

その時、店員さんが自然な感じで、「ゆっくり選んでくださいね」と一言かけてくれた。ちょうどいいタイミングで、気負わない言い方だったからか、その一言でその店の印象が良くなったし、自分の気持ちもふっと落ち着いた。

落ち着いたはずなのに、結局メニュー表からじっくり探すのではなく、いつも通り「ホットコーヒーで」と頼んでしまったのだけど。

選択肢が増えた

今日、新しいカフェに入ってみた話に戻ると、思っていたよりも落ち着いて過ごせた。わからないまま飛び込んだ結果、案内してもらえたし、無事に注文もできた。

新しいことに少しチャレンジしてみたら、「またこの店に行ってもいいな」という選択肢が一つ増えた。それだけのことなんだけど、なんとなく気分がいい。

わからないから避ける、じゃなくて、わからないままでも一歩踏み出してみると、案外なんとかなることもあるのかもしれない。

ぼやけてることを、一つずつはっきりさせる

今日は通勤電車の中で、なんだか気持ちが落ち着いていた。なんでだろう。。。

たぶん、昨日ある程度目処が立った仕事があったからだと思う。気持ちが落ち着かないときって、自分の中で何かがぼやけてる時が多いのかも。

どんな内容の仕事なのか、どう処理すればいいのか。子どもの健康のこと、勉強のこと、野球のこと。お金のこと。挙げていくとキリがない。しかも、これらは一つ解決したところで、また新しいものが出てくる。たぶん、完全になくなることはない。

クリアにすると、落ち着く

それでも、今日のすっきりした気持ちから一つわかったことがある。ぼやけていることを一つずつはっきりさせていくと、気持ちが落ち着くらしい。

ただ、それは全部が全部、いい方向に解決するわけじゃないとも思う。中には、解決というより、「これはもう仕方ないか」と諦める形で整理がつくこともある気がする。それでも、ぼやけたままにしておくよりは、はっきりさせる方が、気持ちは軽くなるのかもしれない。

当たり前のことだけど

書いてみると、当たり前のことを言ってるだけかもしれない。でも、当たり前のことを、意識してやるかどうかで、案外違ってくるんじゃないかと思う。

ぼやけてることを、そのままにしない。一つずつ、少しずつでも、輪郭をはっきりさせていく。それだけのことだけど、今日はそれが少しできていたから、こんなに気持ちが落ち着いていたのかもしれない。