知らない人だらけのカフェで、素の自分になる

通勤の乗り換えで降りた駅で、なんとなくカフェに入った。特に何も決めず、ただ今の頭の中をここに吐き出しておきたくなった。さっき電車で聴いていた音楽のおかげか、今はわりとフラットな気分。

店内を見渡すと、自分と同じようにパソコンを開いてる人、男女でおしゃべりしてる人、スマホを見てる人、居眠りしてる人。いろんな人がいる。

たぶんこの中の誰とも、これから関わることはない。そう思うと、あまり周りの視線が気にならない。素の自分でいられる気がする。逆に、自分と関わりのある人の前だと、変に見られたくないなとか考えてしまって、うまく素を出せない。この性格が強いから、人と一定の距離をとってしまうのかもな、と思う。

先に予測してから動きたい性格

こうやって考えていると、自分は結構、先のことを予測してから動きたいタイプなんだと気づく。全部を読み切るなんて無理なのはわかってるけど、「こうなるからこうしよう」「これを言ったらこう思われそう」とか、つい考えてしまう。

これが良い方向に働くこともあれば、単に動きにくくしてるだけのこともある気がする。この性格、どこかで活きる場面がもっとあったらいいなと思う。

週末が待ち遠しくない、という変化

今日は木曜日。あと1日頑張れば週末。

前は、子どもの野球を見に行くのが週末の楽しみだった。でも最近はいろいろあって、それが前ほどの楽しみではなくなってしまった。だから今は、正直そこまで週末が待ち遠しいわけでもない。

これをマイナスに捉えるんじゃなくて、野球以外のことに目を向けられる機会なのかもしれない、と思うようにしている。片付けや家事、親のこと、この先子どもが巣立った後の自分の楽しみを探すこと。そういうことに使える時間が、新しく生まれたと考えてみる。

まだうまく気持ちが追いついてない部分もあるけど、そんなふうに少しずつ捉え方を変えていけたらいいなと思う。

音楽が、あふれそうな気持ちを相殺してくれる

通勤電車の中で、無性に音楽を聴きたくなるときがある。

今日は良くない報告を受けそうだな、とか、先延ばしにできない仕事がある、とか、自分には存在感がないな、とか、過去の失敗がふと頭に浮かんでくる。一つ一つは大したことじゃなくても、それらが無意識のうちに積み重なって、気持ちがあふれそうになる。

そういうとき、無性に音楽を聴きたくなるのだと思う。

音楽が気持ちを相殺してくれる

音楽を聴くことで、あふれそうな気持ちが、相殺されているような感覚がある。内側から込み上げてくるものに、外から違う何かを入れることで、ちょうどいいバランスが保たれる。そんな感じだ。音楽を取り入れることで、頭の考えさせる隙間を埋めているのかもしれない。

普段なら聞き流してしまうような歌詞が、こういうときに限って頭の中で繰り返される。おそらく、今の自分の気持ちにぴったり合う言葉を、無意識に探しているんだと思う。誰かが書いた歌詞の中に、自分の状態を代弁してくれる一節を見つけると、それだけで少し気持ちが楽になる。

言葉にできない気持ちを、誰かの言葉が埋めてくれる

自分の中にある、うまく言葉にできないモヤモヤを、他人が書いた歌詞が代わりに言葉にしてくれることがある。それは、自分の気持ちを誰かに理解してもらったような感覚に近いのかもしれない。

電車に揺られながら、ただ音楽を聴いているだけの時間。でもその数分間が、あふれそうな気持ちをなんとか保ってくれている。そして乗り換えの駅に着けば、また日常の続きが始まる。

そんな小さな時間の積み重ねで、なんとかバランスを取りながら、今日も一日を過ごしていく。