最近の記事をまとめてみた

自分がその感覚に気づいたのは、息子の野球の応援に行った、ある週末のことだった。

保護者たちの輪の中に、うまく入っていけない。かといって、自分がその中心に入りたいわけでもない。ただ、出場機会の減っていく息子を見ながら、自分もまた、その場所での居場所を失っていくような気がした。悔しいのか、寂しいのか、自分自身にもよくわからなかった。

その夜、自分の性格について考えた。思い当たったのは、自分が人一倍、周りを気にしてしまう性格だということだった。どう思われるんだろう、あの人大丈夫かな、そうやって常に周囲にアンテナを張っているからこそ、集団の中にいること自体が、自分にとってはひどく疲れる行為だった。一人でいる方が、気を張らずに済む。だからこそ楽なのだと、自分はようやく腑に落ちた。

けれど、心のどこかには、輪の中に入りたい気持ちも確かにあった。矛盾したその二つの感情を、自分はどちらか一方に決めることをやめた。悔しさも寂しさも、同時に存在していい。そう思えるようになったとき、自分は初めて、誰にも見せるつもりのなかった言葉を、ブログという場所に書き始めた。

匿名で、赤の他人に向けて。だからこそ、自分は素直になれた。

投稿したあと、自分は気持ちを持て余したまま街を歩き、ふらりと入った映画館で、障害を持つ兄とその妹の物語を観た。理由もなく涙がこぼれた。それは、誰かと比べて自分を慰めるための涙ではなかった。ただ、素直に心が動いた。映画を観終えて外に出たとき、自分は気づいた。平日の昼間に映画館に行ける自由。行きつけのカフェで文章を書ける時間。夜には子どもたちと話せること。当たり前だと思っていたものが、実はどれも、当たり前ではなかった。

輪に入れなくてもいい。目立たなくてもいい。その分、好きに生きられる。そう思えた日から、自分は自分なりのリフレッシュの方法―映画、コーヒー、体を動かすこと―を、大切にするようになった。

別の日に観た映画では、言葉をうまく話せない兄と接して育った妹が、カウンセラーとして、言葉ではなく表情から相手の真意を汲み取る場面があった。それを見て、自分はまた一つ、腑に落ちるものを感じた。不自由さや苦労の裏側、苦労した人ほど、人よりも多くの引き出しが身につくようだ。短所だと思っていたものは、見方を変えれば長所の裏側だったということも学んだ。輪の中心に入れない自分も、目立たない自分も、その分だけ、別の何かに気づける場所に立っているのかもしれない。

もちろん、すべての日が、そうやってきれいに腑に落ちるわけではなかった。

ある朝、自分は理由のわからない不安に包まれた。電車の中で、過去の失敗がふわふわと頭に浮かんでは消えていく。原因を探そうとしても、これといった答えは見つからなかった。それでも自分は、答えの出ないことを、答えの出ないまま書き留めることにした。無理に納得しようとしなくてもいい。そう思えるようになったのも、自分にとっては小さな進歩だった。

通勤電車で無性に音楽を聴きたくなる日もあった。あふれそうな気持ちを、歌詞やメロディが、そっと相殺してくれる。乗り換えの駅で降りて、知らない誰かと同じ空間にいるカフェで、自分はまた頭の中を吐き出した。誰とも関わりのない場所だからこそ、素のままでいられた。

家族との関わりについても、自分は考え続けていた。

自分には、子にとっての親、妻にとっての夫、母にとっての子、職場での係長、そして自分自身という、五つの役割がある。今は、夫としての役割も、子としての役割も、少しおろそかになっている自覚があった。それでも、一つの役割がうまくいかなくても、他にも自分の居場所があると思えば、気持ちは軽くなった。振り返れば、その役割の重みは、結婚前、結婚後、子どもが生まれてからと、その時々で移り変わってきた。今の偏りも、ずっと続くわけではないのかもしれない。

子どもへの接し方についても、自分に問い直した。活躍する我が子を見て誇らしく思う気持ちの裏に、優越感に浸りたいだけの自分がいなかったか。時間を共有しすぎるあまり、つい「もっと頑張れ」と口を出してしまっていなかったか。自分は、結果だけを問う関わり方をやめて、「今日はどうだった」「ベンチでは何を意識した」と、過程に目を向けるようにしようと決めた。ベンチで本気を出せる子は、目立たない場所でも気を配れる、気の利く大人になれるはずだと信じたかった。

季節が変わるように、自分の日常も、少しずつ移り変わっていった。

コンビニに並んだホット飲料や、マネキンの長袖に驚きながら、自分は「先取り」という生き方を試すようになった。締め切りより少し前に動く。仕事も、締め切りの一週間前を自分の締め切りにする。ただし、先取りしすぎて、今この瞬間をないがしろにはしないように気をつけながら。

休日に少しだけ仕事のメールを確認しておくことも、以前は「オンオフの切り替えができない証拠」だと思っていた。けれど今は、無理に切り替えようとするよりも、仕事と生活が少し混ざり合っているくらいの方が、家族との時間にも、ちゃんと向き合えることに気づいていた。

雨上がりの温泉で、雨の音だけを聞きながら目を閉じたとき、思っている以上に、日々、周囲に気を使って生きていることを知った。カフェでベビーカーを押す母親たちを眺めながら、自分は同じような輪に入れたとしても、心から楽しめないかもしれないと、少し寂しい本音にも気づいた。それでも、旅行も、読書も、カフェも、温泉も、非日常に身を置くことで、自分は日常を生きるためのエネルギーを、少しずつ充電していた。

長男が体調を崩し、大切な試験を控えていたときには、事前の備えの大切さを痛感した。次男の何気ない「欲しいものある?」という一言からは、家族への気配りを思い出させてもらった。次男の野球の試合では、一打サヨナラの場面で、これまでの素振りの積み重ねが運を引き寄せたのかもしれないと感じ、それでも結果はライトゴロだったというオチに、自分は笑いながら、そう甘くはないのだと学んだ。

気分の優れない朝、マクドナルドの店員の態度に苛立ちを覚えたときには、その苛立ちの正体が、店員ではなく、自分自身の乱れた心にあったのかもしれないと、静かに振り返った。読んでいた本の中の、「全力で頑張りすぎて、自分のやりたいことに使うエネルギーが残っていない」という言葉には、深く頷いた。40代の自分を「もう40代か」と思う代わりに、50代になった自分から見れば、今はまだ40代なのだと、自分は考え方を変えてみることにした。

レジに並ぶだけで、自分は今でも少し緊張する。何を話そう、どう思われるだろう、と。この性格は、たぶんこれからも変わらない。それでも自分は、変えようとするのではなく、人一倍の想像力を働かせて、準備を重ねることを選んだ。それが自分なのだと、今は思える。

輪の中心にはいない。目立ちもしない。それでも自分は、匿名のブログに、今日もまた何でもない一日の記録を書き続けている。誰かの役に立つ話でも、面白い話でもないかもしれない。それでも、ただ、こんなふうに考えている人間もいる。そのことを、誰かにそっと知ってもらえたら――自分は、そう思っている。